神のことばとイエスの証とのためにー単立バプテストの東京聖書教会

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この教会の目的

purpose

「神の言(ことば)とイエスの証(あかし)との為に」。
新約聖書の黙示録1章9節にあることばです。
教会の建物に入って正面の、礼拝堂に通じる壁に、このことばが刻まれています(写真)。
毎週の週報(礼拝のプログラム)の表紙にもこれが必ず載っています。
そして、このサイトの教会名の上にもこれをかぶせています。
この教会の目的が、このことばに表されているからです。
教会は、もちろん人類の平和や平等も願いますが、世の中にあるほかの組織や団体と決定的に異なる点、それは、「神の言とイエスの証のために」存在する、ということです。
教会は決して完全ではありません。小さな、弱い人間の集まりです。しかし私たちは、この「神の言とイエスの証との為に」集い、神様を礼拝し、聖書を学び、外に向かって働きかけています。

教職者の紹介

牧師 竹口英機

竹口英機 牧師 幼いころから両親のいう事に忠実であった私は、両親の言うがままに育ってきました。学校の教師のいうことも間違いはない。そう信じて成長してきました。高校進学を決めたのも、大学進学を決めたのもすべて親と教師の勧めでした。

ところが、大学に入ってみれば、70年安保闘争の真っ最中。教師が堂々と批判され、教室は荒れ放題であり、愕然としました。そして親や教師に対する不信感が募り、信頼し頼っていたものが、突然になくなったのです。そして一体誰を、何を信じたらよいのか分からなくなりました。

そんな私が悩み苦しんでいた時に、イエス・キリストと出会いました。その方は、ご自分のいのちを捨ててまで私を愛して下さっていました。それを知った時、飛び上がって喜んだものです。そして、この真理をどうしても伝えたいと願うようになり、現在、ここまで来ました。

1949年生まれ、広島県出身。大学卒業後10年間社会人として働く。その後4年間神学校で学び、現在の東京聖書教会の教職となる。

伝道師 中山史郎

nakayam学生時代は野球に傾倒し、高校は県内の野球名門校で甲子園を目指しました。その後、農業大学校を経て農業研修で2年間渡米しました。カリフォルニアで研修中、リフォームド・バプテスト系の教会に導かれ、信仰に入り、受浸。帰国後、紹介されていた当教会に所属するため上京し、教会員となりました。途中、2002年から2012年まで仕事をしながらさいたま市中央区で開拓伝道に携わりました。その後、当教会に戻り、伝道師として召命を受け、2015年4月より近くの聖契神学校で学びながら、仕えさせていただいております。
1962年生まれ、佐賀県出身。

教会の歩み

東京聖書教会は、テモテ・ピーチ宣教師と鈴木昌牧師によって始められました。

ピーチ宣教師は1936年に初来日して、岐阜県高山、愛知県名古屋などで伝道していましたが、 日米間の摩擦が激しくなって、1941年1月に志半ばで帰米しました。第二次世界大戦後の1947年6月に再来日し、世田谷区等々力で伝道を開始しました。1949年に、それまで所属していた宣教団体を離れて独立し、現在地に活動の拠点「東京聖書センタ−」を設けたのが東京聖書教会の始まりです。1950年12月25日に最初の集会を、越えて1951年1月7日の主日礼拝から定期集会を開始しました。

1952年10月に宗教法人の認可を受け、伝道・牧会、幼稚園、ラジオ放送、出版などの活動を行ってきました(諸般の事情のもと、幼稚園は1997年3月、ラジオ放送は2012年3月をもって終了しました)。それまでも定期的に主日礼拝、伝道会、祈祷会などを行っていましたが、規約などを整えて、鈴木昌が牧師に就任し、正式にキリスト教会として発足したのは1957年4月7日です。

信仰の立場は、「第二ロンドン信仰告白(1689)」、「バプテスト教理問答書」(1693)に見られるカルヴィン主義の単立バプテストです。 なお、日本各地にある同じ信仰の立場の諸教会と協力し「恵み会」を毎年開催し、学びと交わりを続けています。

1996年4月、竹口英機が牧師、2015年4月、中山史郎が伝道師となりました。

2016年3月、長年の願いであった新会堂が建ち、現在に至っています。

会堂のコンセプト

会堂コンセプト

三つの正面

会堂は、二つの四角形を45度ずらして配置した、非常にユニークな八角形の礼拝堂を持っています。これは決して奇抜さを求めているのではありません。みことば(聖書)を中心とし、二つの礼典(バプテスマと聖餐式)を大切にしていることを、三つの正面で表しているのです。説教壇を中⼼に、向かって左にバプテスマ槽、右に聖餐卓を配置し、それぞれが正面となる構造となっています。

落ち着いた礼拝堂

目黒通りと自由通りに面し、車の騒音が大きい場所であるため、礼拝堂の周りに回廊を設けています。礼拝堂内部は床、壁、天井まですべて木目の優しい雰囲気です。これにより、静かな落ち着いた空間でみことばを聞き、神に祈り、賛美をささげることができます。また回廊も、図書室や祈祷室として有効に利用されています。

聴き取りやすさと豊かな響きの両立

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礼拝堂は「牧師の説教の聴き取りやすさ」「オルガンや賛美歌の響きの豊かさ」という相反する要求を両立しています。八角形の礼拝堂には、目立たないように配置されたスピーカー、吸音機構、音質調整ができるコントロールルームが備えられています。

会衆賛美をささえるパイプオルガン


賛美は、音楽という形で神にささげる「祈り」です。この礼拝堂の響きに合わせて1本1本調節されたパイプオルガンの音色が、会衆賛美をしっかりささえます。

バリアフリー設計

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入口はもちろん、礼拝堂、トイレもバリアフリー設計ですので、車椅子の方でも不自由なく礼拝にご参加いただけます。

ともに礼拝を

小さな子どもがいる家族も、音響の奉仕者も、ともに礼拝を守ることを満たした形がこの八角形の礼拝堂です。後方には礼拝者の賛美を支えるオルガン、そしてコントロールルームと母子室がそれぞれのコーナーに配置されています。皆様とともに、喜んで神様に賛美を捧げていきたいと願っています。

その他の設備

駐車場

駐車場都会の真ん中ですが、敷地内に駐車場も多数ございます(約35台)ので、お車でご来会いただけます。目黒通り沿いには、車椅子が下りられる駐車スペースもあります。

 

バリアフリー対応駐車場

墓地

bochi富士山麓にある「冨士霊園」内に、墓地を所有しています。教会員やその家族が埋葬されています。(東名高速 御殿場ICから25分)

聖歌隊

聖歌隊当教会は「聖書のみことばを音楽をもって伝えること」も大切にしています。毎週の礼拝では聖歌隊が讃美の奉仕をしており、「教会合唱曲集」「岳藤豪希作品集」等の曲を中心に、聖歌隊員がアカペラで讃美します。月2回、日曜日の午後に練習を行っています。

岳藤豪希(1935-2007)
1971年、日本で初めてドイツの教会音楽家A級国家試験に合格。1973年帰国後、「プロテスタント音楽の真髄はみことばの宣教にある」として、東京と名古屋にエヴァンゲリウム・カントライ(福音聖歌隊)を発足させた。また当教会カントール(音楽牧師)として、現在も続く聖歌隊の礎を築いた。

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